2013年2月12日火曜日

春近し

山の家は相変わらず、雪が降ったり止んだり。
でも、日の光、気温、雪質など、
確実に春が近づいていることを感じさせる今日この頃だ。

「春」
心の奥底が胎動を開始し、
気持ちも先の時間へと引っ張って行く、
不思議な力を持っている。



なっちゃんのしいたけ栽培


辰田さんが「しいたけ栽培キッド」を買ってきて、
2月初めに、
山の家滞在中のなっちゃんが、
一日、水に浸した原木をセットし、
しいたけ栽培を始めた。(写真上)

すると、1週間もしないうちに芽を出し、
立派なしいたけに成長し始めた。(写真下)





2013年2月3日日曜日

伊勢うどん

伊勢神社外宮近くのお店で、はじめて伊勢うどんを食べた。おいしかった。伊勢うどんは伊勢市を中心に食べられるうどん。 たまり醤油に鰹節やいりこ、昆布等の出汁を加えた、黒く濃厚なタレを、徹底的に茹でてコシをなくして極太麺に絡めて食べる。麺を茹でる時間が非常に長く、通常のうどんが15分程度であるのに対して1時間弱ほど茹でるそうだ。真っ黒いタレは意外とあっさりしている。伊勢で育ったUさんは伊勢うどんが当たり前で、つゆのうどんを見て、最初はビックリしたとか。(写真は、JR伊勢市駅で買ったおみやげの伊勢うどん)

避難者の終わらない苦しみ(三重県伊勢市から)


 「うけいれ全国」運営会議の翌日、四日市市から電車で1時間ほどの伊勢市で「市長と避難者の懇談会」が行われた。
 運営会議に参加する私は、そのあと伊勢市に足を伸ばして、一昨年の札幌協働福祉会主催の夏休み保養(仁木町“山の家”)に参加し、その後伊勢市に避難したT君に会いにいくつもりだったので、懇談会にも出席させてもらうことにした。T君のお母さんに電話するとお母さんもその懇談会に出席するとのこと、実にいいタイミングで再会の場が持てることになった。
 この懇談会は、保養キャンプや避難者の受入れ、被災地への野菜の支援などを行っている「ふくしまいせしまの会」(代表・上野正美)が主催した。
ワイシャツ姿が鈴木市長
伊勢市長って、どんな人?
 昨年も懇談会を実施したという伊勢の鈴木健一市長はどんな人か調べてみると、まだ1期目で30代の若い市長。「脱原発をめざす首長会議」のメンバーで、避難者支援にも積極的な政治家だった。
 会場は伊勢神宮の外宮前にある市民活動サポートセンター。懇談会には4家族8人の避難者と「うけいれ全国」側は私、北九州“絆”プロジェクトの谷瀬さん、「福島の子どもたち香川へおいでプロジェクト」の伊藤ご夫妻が参加した。
 残念ながらT君は部活があるので来れず、お母さんから携帯画像でT君の少しスリムになった最近の様子を見せてもらった。 

4家族8人の避難者が出席
 懇談会では、避難者1人1人が日頃思っていることなどを話された。
 千葉県東葛地区から避難した方は「ベランダで線量が1.5μs/hあった。主人の理解が得られず母子で避難してきた。1年経つが、子どもが病気のときなど一人で子どもの面倒をみるのがつらい時もある。食べ物や空気など不安はないが、住民票を移していないので、託児を断られた」。

実家に避難、両親からは「帰れ」と言われ・・・
 同じ千葉の柏市から避難された方は「妊娠中だったので昨年8月に夫の実家のある伊勢に避難してきた。実家の両親からは早く帰れと言われるが、柏では公園や学校の除染がやっと始まったばかり。二重生活でお金の方が大変」。同席した夫からは「自分も避難できればと思うが転職するのは賭けのようでできない」。

先のことを考えると眠れない
 郡山市から避難された方はお子さんが3人。「原発の爆発の時、私が働いていたので、水汲みで外に子どもたちを3時間も並ばせてしまった。部活で外を走ったりして、湿疹や鼻血、喘息がひどくなった。髪の毛が抜けたり、夏休みに高熱を出したり、急性中耳炎にかかったり。伊勢に避難して本当に良くしてもらった。上の方の息子は部活のバスケができる学校に行かせてもらい、私の働き口も見つけてもらった」。
「甲状腺検査の結果、嚢胞(のうほう)が見つかった。私も石灰化したものが2個。東神戸の診療所に母子4人で放射能検査を受けに行ったが、交通費等が4万円。結果を聞きに行くのに2万円。年2回で12万円にもなり、負担が大きい」。
「私はうつで仕事を休んでいたが、明日から病欠期間が切れ無給になる。生活保護以外に避難し困っている人への対応ができないか。働いていた娘も原発関係の報道に過敏に反応し、過呼吸になったりして、いまは働けなくなっている。3.11以降、テレビも見たくない。これは経験した人でないと分からない。知らない土地にポツンと来て、孤独感や淋しさに襲われることがある。住宅の提供も来年で終わり、先のことを考えると眠れない。明日から仕事も無理をしてでも出ないといけないと思っている」。

安心できる時間がない
 一昨年10月に避難した方は、夫が危機感を持ち伊勢で仕事を見つけ、夫主導で避難移住してきた。「福島の知り合いから、避難したのだからもういいのではないかと言われるが、安心できる時間がない。子どもも慣れたとはいえ、まだ向こうの夢をみるなど揺れている。甲状腺検査を避難先でやっていただければありがたい。福島県から5分で終わるからと案内が来たが、福島まで行けない。神戸の病院を知って、検査を受けてきた」。

素早く市長から避難者へ回答
 避難者の終わらない苦しみを切々と訴える1時間だった。鈴木市長はしっかりとメモをとりながら耳を傾けていた。
 数日後、上野さんから「今日、懇談会での避難者からの質問事項に、市長から私の携帯へ返事をいただきました。対応が早くよかったなあとありがたく思います。これからも市長と連絡を取って避難者の住みやすい伊勢にしていけたらうれしいと思います」とのメールをいただいた。



かつては公害で名を馳せた四日市市

 うけいれ全国の運営会議があった三重県四日市は、人口30万人の県下最大の都市だが、県庁は津市にある。コンビナートからの排煙による「四日市ぜんそく」で有名だが、法規制がすすんだ今では大気の状態も良好とのこと。

ホテルから見えるコンビナートの煙突群

三重県での「うけいれ全国」運営会議に参加


 全国の受入れ団体と被災地で暮らす人々、そして各地に避難している人たちをつなぐネットワークとして、昨秋発足した「3.11受入全国協議会」(略称/うけいれ全国)の第5回運営会議が2月26日、三重県四日市市で開かれた。私は協議会の構成メンバーである「むすびば」の立場で参加してきた。

 会議では、新規の公的住宅支援が年末で打ち切られたことによる今後の対策が話し合われた。四国四県は災害救助法に基づいているのではなく自治体独自にうけいれをしている。また四国二県は受け入れ対象を福島県に限定していない。岡山県は打ち切ったが岡山市は延長したなど、独自措置を講じている自治体もあり、全国的な状況を調査し、地元の自治体に独自措置を働きかけていくことを確認した。
 公的支援の打ち切りにともない、今後必要になってくる空き家や社宅の提供については、三重県中小企業同友会から貴重な報告が行われた。三重では、生活支援はボランティア、住宅や就労支援は企業側と役割分担し、使われなくなった社宅などを無償提供している。中小企業は動きやすく、社宅提供でのコスト面の負担も少ない。中小企業家同友会は全国にあるので、各地で働きかけてはというアドバイスもあった。

 うけいれ全国では、2月23日に福島県いわき市、24日栃木県那須塩原市で初めての保養相談会を実施する。NHKスペシャル「空白の初期被ばく」でいっそう明らかになってきたように、汚染はこれまで注目されてきた「福島県中通り」ではなく浜通りから宮城県方面と関東方面に拡散している。いわき・那須での相談会はとても重要な取り組みになる。
 今回、地元でお手伝いしてくれる「いわきの子どもを守るネットワーク」の代表の團野和美さんは、「おもいっきり夏休み」に参加している團野3兄弟のお母さん。


2013年2月2日土曜日

和歌山から2次避難の母子が到着

 今日、苫小牧港に和歌山市からの2次避難の母子が到着した。名古屋から乗船したので、2泊3日の長旅だ。あいの里のシェアハウスに住むことになる。
 もともとは東京世田谷区に住んでいたが、フクイチ事故の後、いま6歳と3歳の子どもたちに被曝症状が出た。皮膚のただれ、喘息のような咳、眼の下のクマ、突然身体のどこかが痛んだり、心臓の動悸などの症状が出た。お母さんも突然、皮膚から出血したり。
 原発事故の年の11月に和歌山に避難した。ところが、今度は大阪府と大阪市が瓦礫の受入れを行い、この2月から本格的な焼却処分を始めることから、2次避難を余儀なくされた。
 子どもたちにとっては初めての北海道だが、長旅の疲れも見せず、元気だった。今日は温かく、空も晴れ渡り、アスファルトが露出した道路状況も申し分なく、シェアハウスまでの道のりも順調だった。