余市町を舞台に
ニッカウィスキーの創始者
竹鶴氏とその妻リタを描いたもの。
今日は14歳から
「まっさん」こと竹鶴さんの給仕をしていた
嶋宮辰二郎さん(85歳)に
会ってきた。
ニッカを定年退職後、
余市町登モンガクで25年間
サクランボの栽培をしてきたが、
2年前に引退した。
嶋宮さんがニッカに就職したのは
戦時中の昭和18年。
弱冠14歳だった。
「竹鶴さんは日本人らしくない日本人、
目が大きく、鼻が高い、立派なひげと大きな声。
えらぶらず、宴会が大好きで、
“アカシアの雨がやむ時”と
“雪の降る町”を愛唱していた」
「リタさんは、身長1m80cm近くのスラッとした美人。
日本人よりきれいな日本語を話した。
戦時中は敵国人だったので、
特高に見張られたり、
近所の子どもたちに石を投げられたりした。
自宅がニッカ工場の敷地の中にあったので、
戦争が終わるまで、敷地の外に出なかった」
NHKや女性週刊誌の取材が相次いだ嶋宮さん |
25年間、サクランボ栽培を行ってきた嶋宮さんの畑。 余市の海や町も見える絶景の場所に畑がある |
畑は傾斜地、頂上までが嶋宮さんの畑。 引退した2年前にサクランボの木は跋根した。 頂上には栗の木が15本ある。 |
畑はいま、売りに出している。 |
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