2012年11月28日水曜日

抜けるような青空が広がる山の家

 今日は昨日とは打って変わって、青空が広がった。昨日のような吹雪に直面すると1月、2月は想像もできないような雪との壮絶なたたかいになるのではと不安がよぎるが、今日のような天気だと「やっぱり、山の家は最高!」となる。

透き通るような青空が樹間から覗く
雪に埋まる辰田ロード


冬物衣料募集中!

 福島から来る子どもたちのために、仁木町社協や赤井川村の個人のご協力を得て、冬物衣料を集めています。写真は、札幌の学童保育関係者からいただいたもの。



第4陣到着

 冬休みの子どもたち受け入れのための“山の家”整備作業に、札幌協働福祉会の各事業所から毎週、精鋭部隊が投入されているが、第4陣が昨日、猛吹雪の中到着。バスで登ってくるのが困難のため、バスはホテルエーブランドの駐車場に停めて、ワゴン車でピストン輸送した。
 精鋭部隊は積雪40cmを超える中、除雪や倉庫の整理などにフル回転で作業にあたった。
 (写真下は、第4陣と一緒に到着した除雪車)



2012年11月27日火曜日

“山の家”は猛吹雪

 今朝6時ころ、山の家を襲う風の音で目を覚ました。朝からずーっと猛吹雪が続いている。雷も鳴って、一時停電となったが、すぐに復旧した。第4陣があいの里を出発したが、ここまで登って来れるか心配だ。今日は全道的に荒れ模様で、JRの運休や高速道路の通行止めの情報がテレビで流れている。


2012年11月24日土曜日

新たな避難家族

  28歳のTさんの住み込みの働き口が決まり、16日大雪山のホテルへと旅立った。Tさんがいなくなり、山の家の避難者はいまはゼロ。
 Tさんと入れ違いに、川崎から避難のSさんは小学校4年生の男の子、1年生の女の子を連れて、初雪の降った18日に千歳空港に到着。宮野常務理事と藤田さんが空港まで出迎えた。
 当初、通学が可能ならばと山の家滞在を希望していたのだが、仁木町の教育委員会に相談したところ、山の家までのスクールバスの運行は難しいとのこと。それなら我々で送迎しますと返事したのだが、Sさんは恐縮されて、結局、札幌あいの里の法人のマンションが空いていたので、そこに住むことになった。来年3月まで滞在し、4月からは夫も避難するので、合流して新たな住処を見つけるそうだ。
 原発事故が起きるや最初は長野に避難、その後札幌、チュニジアと転々とした避難生活を続けて来られた。その間のご苦労は大変なものだったろう。昨日、あいの里のオープンしたばかりの「ふれあいセンター」で歓迎会。
 数日前に2本の電話が入った。12月21日からと23日からの滞在申込みだった。偶然にも2家族ともいわき市の方。
 

2012年11月21日水曜日

白河で真生クンと再会

 17日は白河市の仮設住宅で「健康棒楽々マッサージ」のワークショップを行った。白河市といえば、「おもいっきり夏休みin北海道」に参加している大崎真生(まお)くんが住んでいる町だ。今年の夏休みは、妹の真菜(まあや)ちゃんとお母さんの真理子さんも参加してくれた。
 真理子さんは地元でお母さんグループをつくって、放射能から子どもを守るためにさまざまな活動を展開している。今回の仮設住宅でのワークショップにもそのお母さんたちがお子さんと一緒に参加してくださった。
 それだけでなく、大崎さん一家がなんと私たち気功チームを白河の見どころ・味どころに案内してくれたのだ。市役所に勤めるご主人は今年3月まで観光課にいたので、ガイドはお手の物。それに負けず劣らず、真理子さんのガイドも素晴らしかった。そして、小京都のような秋の白河を満喫した一日となった。大崎さん、ありがとうございます。
       <見所>小峰城、白河駅、南湖公園ほか

ハイカラな大正モダン建築の白河駅舎の前で。
白河駅舎のステンドグラス
南湖公園は紅葉真っ盛り
白河はだるまの産地。解散総選挙でこれから大忙しか。
白河ラーメンも有名。手打ち麺と鶏ガラのあっさりラーメンは本当においしかった。
真生クンもおいしそう!

「健康棒楽々マッサージ」

 札幌を中心に毎週8カ所で気功教室を開いているハーモニー気功会(代表・小山内和子)が、むすびば<いやし隊>気功チームとして昨年の5月から4回にわたり、岩手県や福島県の避難所や仮設住宅をまわり、「健康棒楽々マッサージ」のワークショップを行ってきた。避難生活の長期化で体調を崩す高齢者が多い中で、このワークショップはどこでも大好評を博している。
 この活動が札幌市から評価されて、今回「さぽーとほっと基金」の助成をいただいて、DVDを制作するとともに、社会福祉協議会の生活支援員や職員を対象にした「指導員養成講座」を実施することになった。これにより札幌のチームが行かなくても、地元の生活支援員のみなさんがリーダーになって、各仮設住宅でワークショップができるようになる画期的な事業だ。私もこの気功チームの一員として最初の被災地活動から参加している。
川俣町山木屋の方々が避難している仮設住宅集会所でのワークショップ(11/18)

飯舘村社協との共催で実施した指導員養成講座(11/16)
<今回の日程>

16() 13:10~16:30 健康棒指導員養成講座

            飯野学習センター(福島市飯野町字境川19-2

17()13:30~15:00  白河市総合運動公園仮設住宅(白河市北中川原55-11)
                              
18()10:00~12:00 川俣町・農村広場仮設住宅(川俣町大字東福沢字坊之入1-1
           13:30~15:00 安達太良仮設住宅(富岡町仮設、安達郡大玉村玉井字
                           横堀平158-16
     16:00~18:00 自然食レストラン「銀河のほとり」(須賀川市滑川字東町327-1

19()10:00~12:00 さくら仮設住宅(双葉町仮設、福島市さくら1丁目10-1

雪に埋もれる山の家

 5日ぶりに山の家に戻ると、黄褐色の世界が一気に純白の世界に変わっていた。
 積雪は20cmはあろうか。4輪駆動のパジェロミニは動くが、もう1台はちょっとした登り坂が登れない。本部にSOSを出し、午後に除雪業者のブルが入った。いよいよ本格的な冬到来だ。







2012年11月13日火曜日

「辰田ロード」貫通まであと一歩 

 仙台から避難されたKさんが、住み込みで働ける場所が見つかり、その準備もあって、昨日から札幌市北区あいの里のケアホームに移った。そのKさんから電話があり、相手方(旭岳のホテル)から今日、採用の通知があったとのこと。あいの里は16日に出発するという。
 山の家滞在中は朝早く起きて、林道づくりをする副理事長の辰田さんと同行するなど、気持ちのやさしい、明るい女性だ。

貫通が近い「辰田ロード」
知る人ぞ知る、辰田さんといえば、この夏から山の家の林道づくりに精を出し、秋になると毎週のように山の家に来て、ある時は草刈り機をかついで、ある時はチェーンソーを持って、一人林の中に消えていく。ルートはふたつあり、2ルートともついに沢まで到達し、貫通まであと一歩のところまで来ている。
 いつしか、みんながこの林道を「辰田ロード」と呼んでいるが、この「辰田ロード」は傾斜が急で険しい。辰田さんを心配して、Kさんが早起きして同行したというわけだ。
 Kさんの雇用は年末までで、お正月は仙台に戻って、そのあとまた、山の家にお世話になりたいと言う。「待ってますよー!」

                       見事な切り株



2012年11月11日日曜日

世間は狭い

 Yさん母子が帰って寂しくなった山の家だが、写真のように今日(11月11日)は久しぶりの秋晴れ。
 私の属しているNPO(恵庭市)が、恵庭の雇用促進住宅などに避難されている方々を招待して、小樽へのバスツアーを実施した。
 私は仁木町から駆けつけ、昼食会場で合流した。
 郡山から恵庭に避難された仲澤勉さんとその娘さんが参加されていて、倫太郎君を知っているとのこと。先日、私が恵庭のイベントで報告した“おもいっきり夏休みin北海道”の取り組みで、倫太郎君が写っている写真を見たそうだ。なんと避難前、郡山で娘さんが倫太郎君と一緒に合気道をしていたとのと。倫太郎君のお母さんの野口さんのこともよく知っていた。
 仲澤さんはいま、私の住む恵庭市恵み野でステンドグラス工房を開いている。
 早速、野口さんに報告すると以下のメールが(了解なしに掲載、すいません!)。


「なんと!!世の中は狭い、、、いやつながっている!!!!

 中澤3兄弟とは、うちのリンタロウも娘も一緒に合気道に通っていました。

 中澤さんの娘さんというのは 藍ちゃんかな?
 大きくなったでしょうね~
 お姉さんの萌ちゃんはとっても合気道が上手な子で
 「神武会」の期待の星でした。引っ越すときは合気道の
 先生がとても残念がっていました、、、
 そして真ん中の男の子が凛くんです。
 うちのリンタロウと仲良くしてくれました。

 新天地で頑張っているのですね。
 いや~よかった!よかった!!

 土曜日はそれこそ「合気道競技会」がありました。
 なんと、、、
 リンタロウが3位入賞で表彰されました。(4人中3位ですが)・・・」
 
 倫太郎君、入賞おめでとう。



2012年11月10日土曜日

Yさん母子が帰還(11/10)

 Yさん母子が43日間滞在し、今日下山。強烈なインパクトを残した5歳のH君がいなくなった山の家はとても寂しくなった。遊び友達が帰ったあと「おっちゃん、遊ぼう」とまとわりついてくるのを嫌がらずに、もっと遊んであげれば(遊んでもらえば)良かったと今更後悔しても遅いか!
 Yさんは東京の青梅市に住んでいる。東京都が6月に瓦礫受入れを始め、隣の市に焼却場があるため、Yさんの家の近くの公園の放射線量が、4倍に跳ね上がり、急遽8月中旬から母子で北海道に避難された。今日で約3ヶ月。埼玉のKさん母子も瓦礫焼却で線量があがったため、先月まで山の家に滞在された。まったく報道されていないが、瓦礫受入れが放射能汚染を全国に拡大していることがこのことからも明らかだ。札幌の上田市長の判断は市民を守るための正しい判断であるということ。
 今頃、H君は3ヶ月ぶりに会った父の懐でおねんねしているかな。

今日も歩く5歳のH君

 10月9日。Yさん母子に5日から滞在しているKさんが加わり、3人で雨の中を徒歩旅行。午前9時過ぎに登小学校近くのフルーツ街道を出発し、小樽の忍路のパン屋さんまで。
 忍路にあるAigues Vives(エグ・ヴィヴ) は、フランス帰りのご夫婦で営むベーカリー。海の見える断崖の上にある。お店はとてもパン屋には見えず、初めて来た客は通り過ぎてしまうだろう。天然酵母、石窯で焼いたパンはとてもおいしい。10日帰るYさんは夫へのおみやげに買って帰るのだ。
 11時30分ころ、パン屋さんに着くとすでに行列ができていた。一人の客はなんと8,000円分も買っていったそうだ。
 3人はまたフルーツ街道を歩いて午後4時近くに戻って来た。5歳のH君は今回も歩き通した。

パン屋さんから見える景色

















雨の中、フルーツ街道を忍路に向かって歩く
Yさん母子とKさん



冬休みの受入れに向け、山の家の大掃除(11/6)

 各事業所から派遣された職員のみなさんが、冬休みの子どもたち受入れやユーザーさんの旅行受入れのために、1泊2日〜2泊3日で山の家に滞在し、片付けや掃除、積雪期への準備を3波にわたって実施している。先週の第1陣はフレンドハウスの地下室を一気に片付け、山のように出て来た不要なものを処分した。今週6日に入山した第2陣は雨の中、倉庫の整理などを行った。たくさんの職員の手を経て、山の家が徐々に素晴らしい施設に変容している。
 夜はゲストハウスの滞在者と交流しながらの夕食会。避難されているお母さんやお子さんはおいしい食事をしながらの楽しい交流に大喜び。職員のみなさんも滞在者の話しを聞いて、法人の福島プロジェクトに対する理解を深める貴重な場になったようだ。

大掃除を終えて山の家を後にする職員のみなさんが乗ったバス(第2陣)

褐色に色づくカラマツ林(11/7)


 山の家のまわりのカラマツ林もすっかり黄褐色に色づいている。落ちた葉が舗装道路に
吹き溜まっている。そのなかで、フレンドハウスの前に立つトドマツだけがしっかりと緑の葉を輝かして立っている。そんな生き方がしたいものだ。





新しい滞在者が到着(11/5)

 5日、28歳の独身女性が山の家に到着。若い女性の単身での滞在は山の家の歴史が始まって以来のこと。仙台の方で、新幹線、海峡線、函館本線を乗り継いで、夕方余市駅に到着。1週間から1ヶ月くらい滞在し、住み込みで働けるところを見つけたいとのこと。

2012年11月3日土曜日

「文化の日」は無料の博物館巡り

今日は文化の日。博物館などが無料なので、山の家滞在家族と博物館巡りをすることにした。洞窟に人や魚の彫刻をしたものは、余市のフゴッペ洞窟と並ぶ日本で二つしかない小樽手宮洞窟に行った。1,600年前の続縄文時代のものだという。田中酒造の工場敷地の湧き水を汲んだ後、都通りに行き、毎週土曜日恒例のしりべしなんでも百姓クラブの無農薬野菜市で買い物。そして、小樽交通博物館へ。最後は、余市宇宙記念館へ。博物館巡りを楽しんだ一日でした。(写真は小樽交通博物館の機関車)