札幌は道路も乾いていたが、
余市に入ると一面銀世界。
さらに、山の家周辺は
しんしんと
雪が降っている。
明日の朝は
どのくらい、積もるかな?
2014年12月13日土曜日
2014年12月7日日曜日
マッサンゆかりの町「よいち情報館」オープン
学習塾スコーレユウの25周年
今日は、札幌のオルタナティブ学習塾
「スコーレユウ」の25周年の集いに招かれ、
昼間の学習会では、札幌協働福祉会の
フクシマ支援の活動を話させていただいた。
スコーレユウさんとは、2年前と昨年の夏休み、
中学3年生を対象にした受験勉強付きの保養を
一緒にさせていただいた。
そのうちの2人がいま、札幌の高校に入学し、
避難生活を送っている。
今年は、<北海道〜福島>野菜トラック便に
同乗してくださり、野菜の荷下ろしの後に
現地郡山などで学習支援を行った。
社会福祉法人が被災地支援を行っている例は
全国的にも珍しいが、学習塾の被災地支援は
皆無と言っていいだろう。
その一方、大手の塾が乱立している中で、
しっかり地域に根付いて活動してきた25年間に
心から敬意を表したい。
| 会場のアートホテルズ札幌、24階からの眺めがすばらしい。 豊平川にかかる9条橋を渡ると中の島 |
| 夜景もきれい |
| 若い人もしっかり育てているスコーレユウ |
2014年12月6日土曜日
郡山で、送り出し側と受入れ側が意見交換(2)
「保養のことを話すと
えっ、まだ保養に行ってるの?と
びっくりされる」
「うちの学年で保養に行っているのは、
うちの子だけ」
一方で、
「保養に行かないの?」という言葉が、
お母さんを追い詰めるという。
周囲の反対で保養に出せないつらさに
その言葉が突き刺さる。
関心を持っているお母さんも
保養のことは口に出せない。
保養に行かせたくても、
夫や夫の両親が反対し、
「ここではあきらめないと生きていけない」
とまで言う。
被災地の人々の心のありようは
ひとくくりできない複雑な様相を呈している。
ただ、意識の乖離が深まっているのは
間違いないようだ。
「復興派、保養派と分かれているが、
お互い尊重しなくていいから、
邪魔しないでほしい」
---- という人も。
毎年、保養に送り出してきたが、
お金がかかり、保養貧乏になった。
--- といった声も。
保養の受け入れ先が減っている一方、
募集したけど応募がなかったという受け入れ先も。
保養ニーズのミスマッチが起こっている。
当事者意識を持つべき」
「送り出し側の底上げを」
という被災地にきびしい意見も出た。
送り出し側のSさんは、
えっ、まだ保養に行ってるの?と
びっくりされる」
「うちの学年で保養に行っているのは、
うちの子だけ」
一方で、
「保養に行かないの?」という言葉が、
お母さんを追い詰めるという。
周囲の反対で保養に出せないつらさに
その言葉が突き刺さる。
関心を持っているお母さんも
保養のことは口に出せない。
保養に行かせたくても、
夫や夫の両親が反対し、
「ここではあきらめないと生きていけない」
とまで言う。
被災地の人々の心のありようは
ひとくくりできない複雑な様相を呈している。
ただ、意識の乖離が深まっているのは
間違いないようだ。
「復興派、保養派と分かれているが、
お互い尊重しなくていいから、
邪魔しないでほしい」
---- という人も。
毎年、保養に送り出してきたが、
お金がかかり、保養貧乏になった。
--- といった声も。
保養の受け入れ先が減っている一方、
募集したけど応募がなかったという受け入れ先も。
保養ニーズのミスマッチが起こっている。
そんな中、
「いつまでも被害者ではなく、当事者意識を持つべき」
「送り出し側の底上げを」
という被災地にきびしい意見も出た。
送り出し側のSさんは、
「『補助金がなくなってまで、保養をする必要があるのか』
という声が内部に出てきており、事業の継続が心配。
送り出し側の活動も大変な状況にあることを
受け入れ側も考えてほしい」と訴える。
被災地のお母さんたちを
どうエンパワメントするかが
これからの大事な課題であり、
送り出し側、受け入れ側の壁を取り払って
一緒に課題と活動を共有していくことが
必要と感じた。
| 30日、郡山で開かれた「いのちと希望の全国交流集会」 |
郡山で保養の送り出し側と受入れ側が意見交換(1)
福島県郡山市で11月30日、
「いのちと希望の全国交流会」が開かれ、
保養に送り出している側と
全国で受け入れている側が一堂に会し、
ワールドカフェ方式で
それぞれの苦悩や課題について意見交換した。
東電原発事故からもうすぐ4年。
双方ともさまざまな課題を抱え、
ひとつの転機を迎えているが、
こうした形で交流の場ができたことは
大きな成果だ。
新潟県佐渡の古民家で
保養キャンプを実施している関さんは
「古民家でのなつかしい暮らし方を通して、
どんな暮らし方、どんな社会をつくっていくのか、
それを考える場にしたい」と語る。
保養の目的が、
放射能から切り離すということだけでなく、
こどもたちの生きる力を育てていく場として
自然学校などプログラムや実施方法に
それぞれが工夫をしている。
ただ、被災地の行政側の施策が
復興型・帰還型に重心を移しているため、
ますます放射能のこと、保養のことを
保護者サイドで話題にしづらくなっている。
「保養」という言葉さえタブーで、
一時は「リフレッシュ・キャンプ」と
言い換えてきたが、
最近は、行政に出向いた時も
「保養」を使えるようにはなってきた。
しかし、送り出し側の女性は次のように言う。
「行政側にとって、保養が
脅威ではなくなってきたからです」
(つづく)
「いのちと希望の全国交流会」が開かれ、
保養に送り出している側と
全国で受け入れている側が一堂に会し、
ワールドカフェ方式で
それぞれの苦悩や課題について意見交換した。
東電原発事故からもうすぐ4年。
双方ともさまざまな課題を抱え、
ひとつの転機を迎えているが、
こうした形で交流の場ができたことは
大きな成果だ。
新潟県佐渡の古民家で
保養キャンプを実施している関さんは
「古民家でのなつかしい暮らし方を通して、
どんな暮らし方、どんな社会をつくっていくのか、
それを考える場にしたい」と語る。
保養の目的が、
放射能から切り離すということだけでなく、
こどもたちの生きる力を育てていく場として
自然学校などプログラムや実施方法に
それぞれが工夫をしている。
ただ、被災地の行政側の施策が
復興型・帰還型に重心を移しているため、
ますます放射能のこと、保養のことを
保護者サイドで話題にしづらくなっている。
「保養」という言葉さえタブーで、
一時は「リフレッシュ・キャンプ」と
言い換えてきたが、
最近は、行政に出向いた時も
「保養」を使えるようにはなってきた。
しかし、送り出し側の女性は次のように言う。
「行政側にとって、保養が
脅威ではなくなってきたからです」
(つづく)
| ワールドカフェ方式で意見交換 |
2014年11月30日日曜日
郡山で避難・保養の相談会
11月29日(土)、冬休みに向けて
郡山総合福祉センターで
避難・保養の相談会。
全国から50の受け入れ団体が集まり、
150〜180組の親子が相談に訪れた。
札幌協働福祉会のブースには
11組の母子が相談に来られた。
浪江町からいわき市に避難した
1歳と4歳のお子さんのいるお母さんは
3.11以降、母子とも病気を繰り返し、
4歳の子はほとんど幼稚園に行けていない。
お母さんが病気になったときに
フォローしてもらえる保養先を探していたので、
山の家を紹介させてもらった。
高校2年生の男の子は
卒業後、北海道で米作を中心とした
農業の研修を受けたいと
お母さんと来場。
北海道には研修先はたくさんあるから
これから情報提供するので
卒業までに決めようと話した。
大熊町から避難し、
いまは郡山に住んでいる
2歳の子をもつお母さんは
安心できる保養先を探していた。
母子とも人見知りするので、
保養経験は1回しかないという。
事故直後の3月12日に避難した先は
田村市の旧春山小学校避難所。
札幌協働福祉会も
旧春山小学校にボランティアを
派遣したと話すと懐かしがっていた。
北海道野菜便を購入している方は
別のプログラムで北海道にくるが、
期間中に一度山の家に伺いたいと話していた。
今回の相談会、
少し落ち着いてきたせいか、
順番待ちでブースに並んだり、
殺到する状況はなくなったが、
学校経由でちらしを配ったことが
新しい層の掘り起こしにつながり、
保養に出かけた経験がないか少ない方の
来場が多かった印象を受けた。
| 相談会場になった郡山総合福祉センター |
いわき市・郷が丘幼稚園のすごい取り組み
昨日は、いわき市にある
郷が丘幼稚園を訪ねた。
この幼稚園は、
泥んこ遊びや木登り、
ザリガニ掴みなど山や川での園外保育にも
手間ひまを惜しまず
力を入れている幼稚園だった。
ところが、東京電力原発の
メルトダウン事故が
園児の外遊びすべてを奪った。
今後もこうした園の取り組み、
とくに内部被曝を避けるための
安全安心な食材を確保するために
北海道から何かお手伝いができないか
との相談のために今回、訪問した。
子どもたちの命を守る
こうした幼稚園がもっともっと増えていけばいい。
郷が丘幼稚園を訪ねた。
この幼稚園は、
泥んこ遊びや木登り、
ザリガニ掴みなど山や川での園外保育にも
手間ひまを惜しまず
力を入れている幼稚園だった。
ところが、東京電力原発の
メルトダウン事故が
園児の外遊びすべてを奪った。
3.11の年の5月には、
「子どもの命を守ることが園の一番の課題」
という方針を打ち出し、
6月には園主催で武田邦彦教授の講演会を行う。
直後に除染隊をつくり、
周辺を含む除染活動を行い、
ひまわりを植えて、
放射線量の低減をはかったりもした。
そして、内部被曝を避けるために
子どもたちの給食は
県外産を使ってきた。
この9月には、郷が丘幼稚園の年長さんが
沖縄久米島『球美の里』に
7泊8日の保養に出かけた。
今後もこうした園の取り組み、
とくに内部被曝を避けるための
安全安心な食材を確保するために
北海道から何かお手伝いができないか
との相談のために今回、訪問した。
子どもたちの命を守る
こうした幼稚園がもっともっと増えていけばいい。
| いわきでは、比較的古い住宅地にある郷が丘幼稚園。 |
| 外遊びができなくなった2011年当時、園庭はひまわり畑になった。 |
| 園庭には放射線量測定器があり、線量とにらめっこ しながら園児の外遊びの時間を決めていた。 |
| 安全な食材の購入で献立作りに取り組んできた園の厨房 |
| 避難者が入ってきて空き家のなくなった郷が丘住宅地。 公園では「除染作業をしています」の看板が立つ。 |
| 汚染された土や草などが入ったフレコンバックが 積み上げられた郷が丘公園。 |
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